豊田ヒロユキ オフィシャルブログ


プロフィール

豊田ヒロユキ

豊田ヒロユキ

HIROYUKI TOYODA
1980.02.19生まれ
A型 西東京出身

ギタリスト。 ルーツはハードロック・メタル・パンクロックなど。 その他、様々なジャンルアーティストのバックバンドなどを経験する

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2017.08.09
作新がんばれ

テーマ:未分類

応援する。

2017.07.27
磨斧作針(なんて読むか忘れた)

テーマ:未分類

高校野球栃木県大会。作新優勝。

第2の母校と言っても良い(登校歴があるからw)

準決勝、決勝と観に行った。

応援している立場なのに、もう緊張で緊張で、、、選手達の緊張具合はじゃあどうなんだろうって思うけど、そこが甲子園に行けるチームの強さ、勇ましく、それはそれは勇ましく、もちろん緊張もしてただろうけど、私達が知る事のできない日々の練習、生活、の小さな1つ1つの積み重ねの成果でしょうね。逆に選手達の方が自信あったんじゃないかな、大きくみえたし、頼れる感じあった。終わってみれば、だけどw

私の高校3年の時は、、、やめよう、考えるのはやめよう。比べてはいけないw

魅力的なユニフォームをスタンドで見た。帰りに恐る恐る声をかけ、写真を撮らせていただいた。


聞くところによると、残念ながらベンチ入りを果たせなかった3年生が着るユニフォームらしい。おじさんはこれだけで泣けてくる。

表の左胸には「磨斧作針」

と書いてある。なんて読むか聞いたけど忘れた、、

「作新」を「作針」としたのはおそらく監督の「小針」から取ったものではなかろうか。

磨斧作針。磨く、斧(バット)、作る(創る)、小針監督の元で、みたいな感じ?

何だよ、単なる青春かよ、、最高じゃねーか、、、

高校野球に自分の人生乗っけてんじゃねーよ。。

半分乗っかっちまってるよ。。何なら両足どっぷりだ。


3年生の啓太、17歳、KTA17。私の甥。

高校生活全部の夏、甲子園だって。

吹奏楽部も野球部並に本気で凄いよ。びっくりするくらい上手い。演奏会行く度に本気でそう思うから、普段どれだけ練習すればこうなるのか、と音楽家目線で予想すると、、かなり、、ですよ。

野球の応援してる場合ではないくらい実は吹奏楽部は吹奏楽部で忙しいのだ。ちょっと言い方悪いかなwそれでも何とかしっかりやってくるんだよね。生徒の頑張りももちろん大きいけど、顧問の先生、野球部で言えば監督、目標までの生徒の持っていき方、コントロール(物ではないけど)、プラン二ング、普通の人では出来ませんよ。尊敬するのも申し訳ないレベルだな。

青春は年齢じゃない。精神的なところだ。

生涯青春。

磨斧作我

2017.07.24
人生初登山してみた(後編)

テーマ:未分類

ドカッと座って休憩すると乳酸溜まって余計に疲れるよ!!

あぁ、、そうですか、、

どうやっても前に出ない足を、休ませずしてどうやって動かせば良いと言うのか、、、

そういう理論的な話はもうどうでも良かった。足が前に出る時に出して、ダメになったら座るなり何なりして休む。乳酸がとかもうどうでも良いわけw

ただ、諦めて下山する気持ちにだけはならなかったな、、

せっかく来たのに勿体無いじゃん??


数十歩進んでは休み、を繰り返す。繰り返すうちに休憩のタイミングが早くなっていく。あれだけ休んだのに数歩しか進まねーじゃん、この足。。

いよいよ、その休憩は四つん這いになっていく。

数歩進んで四つん這い、数歩進んで四つん這い。

少年、女性、お年寄り夫婦にスイスイ抜かれる無念さ。何のトドメでしょうか。

調子こいて、完全に調子こいて、ライオンズのユニフォームで登ろうとしていた俺、、さすがに神様に会いにいくのにそれはふざけてるよな、、って車に置いていったのはスーパーファインプレーだったと言えます。

やっと、頂上が見えてきた。

両ふくらはぎが攣る直前状態がだいぶ長かった。すれ違う人に飴やらを何発もいただきながら、自分と向きあう、しかなかったなぁ。なぜ登るのかもわからずに、というより、そんな事ももう考えなくなってた。

肉体的限界を感じて(開始15分)から、限界を引き裂き続ける事3時間45分。

最初に受け付けで言われた片道4時間、色んな人のサンプルがあっての平均だろ?と思いつつ、

ちょうど4時間。平均的な俺。。。

ボチボチ前に抜かれた人が下山していくのとすれ違いながら、、

ゴオル。


達成感も何も感じない、無、の状態。

とにかく辛かった、、

一通り御参りと達成感ぶった感覚を感じたぶって、下山へ、、

登山の楽しみを理解しきれず、でも降りなきゃ帰れないわけで、何かの返済みたいな気持ちで下山開始。

限界を越え切ったはずが、その先がまだあった、、

使う筋肉が全く別、、

そっこーで膝にき始める。怪しいなと思ったらもうダメになってて、もうゾンビ。両膝終了。

下山に希望がない。もちろん景色楽しむ余裕なんか無い、やるかやられるかdo or die。

下っても下っても同じ絵。

ゾンビ状態で2時間ちょい、「負けないで」が聴こえ始め、いよいよ、、「サライ」の登場。

~迷いながらいつか帰る愛の故郷~

ちなみに、男体山、ペロッと登る人はウジャウジャいますのでw私が少数派(?)です。1日に3往復するちょっと浮世離れした人も存在するくらいですので

色んな人に支えられながら、1人じゃ自分は小さいな、とか。

苦行としか思えなかった初登山、一言で感想を言うなら、

「ずっと会えずにいた久しぶりの自分に会えた」

ですね。自分を越え続けた、という自信がついた、というか、

山に自分の人生乗っけてんじゃねーよ!!

って話。

筋肉痛は丸4日続きました。 

2度とやんねー、ってしばらく思ってましたが、また違う山に、、登ってもいいかな、って。思う、かな。

辛いだけじゃない楽しい登山があるような気がする。。