豊田ヒロユキ オフィシャルブログ


プロフィール

豊田ヒロユキ

豊田ヒロユキ

HIROYUKI TOYODA
1980.02.19生まれ
A型 西東京出身

ギタリスト。 ルーツはハードロック・メタル・パンクロックなど。 その他、様々なジャンルアーティストのバックバンドなどを経験する

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2012.07.14
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テーマ:日常

8月8日

http://t.co/pSbxG62m

下北沢でライブ出ます。

DOMINO88とJOYZ、2ステージのサポートやります。

ドミノはそうとう久しぶりだわ。

スカパンクだね。

ドミノの曲を久しぶりに練習してみたけど、大分身体に残ってるもんだね。

なかなか向いてるわ。

八月はもう一本ライブが入りそうです。

急に、それはそれは急に忙しくなってきた。ちょっとダラけていたツケが一気に回ってきたな。

ツケを返しているのはライオンズだ。

もう5割復帰目前だ。

信じてはいたが、信じられない。

怪我などで、選手層的にはガタガタだけど、何とか軌道に乗り始めた。

俺も。

2012.07.13
そして

テーマ:日常

婆さんは骨となり、肉体は無くなりました。

「あぁ、、婆さんよう焼けたでー」

と爺さんはギャグみたいな真剣な言葉を放つのでした。

「思ったより気分があれだなぁ、上がってこないんだなぁ」

仏壇の前に座り込む爺さんは何かずっと話しかけていました。

何を思うのでしょうか。

爺さんの前ではいつも可愛くいたいと、寝る時も寝る仕様の化粧をずっとしていたみたい。

可愛い婆さんでした。

婆さんは最後に私に素敵なプレゼントを残していってくれました。

またお知らせします。

あーー、

練習しよ。

2012.07.12
飴の話

テーマ:日常

婆さんのお通夜を終えました。

婆さんちのリビングに入ったすぐのところに赤い蓋のプラスチックの飴の入った入れ物があって、

そこの飴をどれだけ食べて減らそうが、翌日には気付けば飴がしっかり補充されていました。

そんな婆さんでした。

今思い出す事はそれでした。

それが全てを物語っていた事、今気づきましたね、、

そして、人の悪口を一切言わず、爺さんに全てを尽くす女性でした。

最後は呆けていたけど、

それで良かったかな、って。

愛する爺さんを置いて、たった一人で行かないといけないさみしさを、少しは感じずにいられたんじゃないかな。

遺影との間で自分の親の小さく震える背中を見て、

いつか自分もこの順番が来るんだと思った。

終わりが来るなんて普段は考えずに生きてるからね。

両親共に健在なので、まだ感じられない感覚があると思うと、少し怖くなったり。

自分自身もしかり、だ。いつか終わるしね。

明日、婆さんの肉体を天に返します。

魂はまた「肉体」という、いわばレンタカーみたいな物を借りて、それに乗ってまたこの世に旅をしに帰ってくるのでしょうかね。

爺さんもグッタリ疲れて小さくなっていたね。

しかし、夜行バスってのは疲れるねぇ。

よくバンドのお客様で、夜行バスで来ました、って人が多かったけど、

こんな辛い思いして来てくれてたんだね、、感謝だね。ほんと。

寝たような、全く寝てないような。

寝れてたとしてもこの疲れは何ですか、みたいな感じだね。


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